注釈書を用いて漢文を読む例

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漢文は解釈有りて後、読み下しうるものでありまして、大凡の解釈が立っておらないようでは読めるものではありません。即ち、何でも一字一句漏らさず、定型的に読み下しておればよいというものではないのです。たとえば詩経に以下の如き一節があります。

弗躬弗親、庶民弗信、弗問弗仕、勿罔君子 (詩経・小雅節南山)

この『節南山』の詩は序に「家父(周の大夫)、幽王を刺るなり(家父刺幽王也)」とありまして、文字通り大夫である家父が其の無道なる君をそしるものであります。これを特に解釈を考えず、「躬(みづか)らせず親(みづか)らせず、庶民信ぜず、問はず仕へず、君子を罔(あざむ)くこと勿れ」と読み下したところ が間違いではありませんが、さて其の意味は何でありましょう。「躬(みづか)らせず親(みづか)らせず、庶民信ぜず」と言うのは幽王が政を今で言う総理大 臣であるところの尹氏に任せきりであり、その結果人民は上を信ぜずという意味として訓んだとしまして、「問はず仕へず、君子を罔(あざむ)くこと勿れ」とはどういうことでありましょう。『經傳釋詞』にこの「勿罔」を説いてこう云うております、

勿は語助なり、勿罔は罔なり、問ひて之を察せざれば、則ち下民、其の上を欺罔するを言ふ (原文: 勿、語助也、勿罔、罔也、言弗問而察之、則下民欺罔其上矣)

要 しますに「弗問弗仕、勿罔君子」は「上が下を監督せねば、下では其れを良いことに上を欺かんとする心が生ず」というが如き意であるとして、「勿罔」は 「勿」を省き「罔」の意であるというのです。これに則れば「弗問弗仕、勿罔君子」の句を読み下して、「問はず仕(*)へざれば、君子を罔(あざむ)かん」 の如くすべきであることが分るのです。ただこれでは「勿」を完全に無視した訓でありますから納得しかねるというならば、「君子を罔くこと勿かんらんや」の 如く反語的に読み下せばよい。これ亦文法上可能な訓じ方であります。

(*)「仕」は『箋』に「仕は察なり(仕、察也)」とあり。

また『箋』に「勿は当に末と作すべし(勿當作末)」とあり、『正義』に、

若し問察せざれば、則ち明下を燭せず、下の善悪は上の知らざる所なり、下民は上の不知を知れば、則ち其の上を末略欺罔し之を畏れず (原文: 若不問察、則明不燭下、下之善惡、上所不知、下民知上不知、則末略欺罔其上而不畏之)

と あります。まづ『箋』にある通り「勿」を「末」に書き換えてみますと、「末罔君子」となります。而してこの「末罔」の意味を考えるに『毛詩正義』の内容を以ってしますと、「末罔」即ち「末略欺罔」であることが分ります。この四字其の者が分らずとも、意義の大体は前後から察せられる。即ち、灯火が却って自分 の足元を照らさぬように上のものが下を照らし審らかにせねば、下のほうでは上を欺くことを畏れず無みするようになるというわけであります。これに従えば 「弗問弗仕、勿罔君子」を読み下して、「問はず仕えざれば、則ち君子を罔(な)みすること勿からんや」の如く読み下すことになります。無論、「勿罔」を 「末罔」とし、此れ全体で「なみす」と訓ずるも可であります。

さらには注疏に「王政を為す、之を監問せず之を察理せずと雖も、必ず天下の民其の上の君子を欺罔するを得ること勿れ(王為政、雖不監問之不察理之、必天下之民勿得欺罔其上之君子)」とありまして、これは下民を責める言で、上が下を監察しようがしまいが上をだますような事はするなということでありますから、この解釈に従えば、「弗問弗仕、勿罔君子」を読み下して、「問はず仕へずとも、君子を罔(あざむ)くこと勿れ」とするこになります。

また朱熹註には「汝の躬らせず親らせざるとき、庶民已に信ぜず、其の問はず事へざる所は、則ち豈に以って君子を罔くべけんや(汝之弗躬弗親、庶民已不信矣、其所弗問弗事、則豈可以罔君子哉)」とあります。「君子は、王を指すなり(君子、指王也)」とありますから、結局の意味は、尹氏自ら政を為さず小人に委ねておるから庶民は既に上を信ぜぬ、況や其の小人共が王を欺くことが出来ようか、というわけであります。この場合は「勿」を殊更に禁止の辞として訓むのではなく、「問はず仕へざる、君子を罔くこと勿(な)し」の如く訓ずべきことが分かります。

塚本氏の漢文叢書では「躬(みづか)らせず親(みづか)らせざれば、庶民信ぜず、問はず仕へざれば、君子を罔(あざむ)くこと勿れ」と読み下してあります。いづれにしましても上記の如く註を斟酌しながら少なくとも文法に外れぬ範囲内で愉快に漢文を読むという一端を述べたまでであります。

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