酒は飲んでも、飲まれるな

木曜日 , 16, 1月 2014 Leave a comment

まづ此の「酒は飲んでも、飲まれるな」を漢訳する前に、文語文に書き直してしまいましょう。例えば「人酒を飲むなり、酒人を飲むに非ざるなり」とする。あとは此れをそのまま復文(漢す)だけです。即ち、

人飲酒也、非酒飲人也

これで完成であります。「酒非飲人」としますと、酒は人を飲むものでないの意となってしまいます。ここでは「非」を以って「酒飲人」なる概念全体を一つの固まりとして否定するのです。またもし文語文を「酒は之を飲むと雖も、飲まるる勿れ」の如くした場合は、

酒雖飲之、勿被飲焉

となりますが、こうしますと前半の句が「酒」についての叙述であるのに対して、後半の句が「人」についての叙述になり間違いではないが、この短い句ではちょっと落ち着かない。即ち「酒は飲むのはよいが、誰かに其の酒を飲まれてしまわんように」との意と区別がつかない。論語集註に以下の如き句があります。

富若可求、則為賤役以求之、亦所不辭

「富、若し求めべくんば、則ち身賎役を為して以って之を求むと雖も、亦辞せざるところなり」と訓みます。なぜ「為 賤役以求之」ではないのか。注原文は「身」についての叙述ではなく、「富みが求めることのできる場合」についての叙述であります。「其の場合」がたとい「身賎役を為して以って之を求める場合」であるとも「辞せざる場合」である、の意なのです。すべて「場合」なる上位概念に属しておるのです。仮に「則雖身為賤役以求之」を削って、「富若可求、亦所不辭」とすれば、これが「富若可求」についての叙述であることが明瞭であります。即ち「富、求むべきが若(ごと)き、亦た辞せざるところなり」と。

此れを「酒雖飲之、勿被飲焉」の「雖飲之」を削った場合と比較してみてください。「酒、勿被飲焉(酒は飲まるる勿れ)」となってしまう。「酒は」と題目を掲げおくにも関わらず、「勿被飲焉」という叙述の内容は「酒」についてではなく「人」についてであります。依ってもし「勿被飲焉」の句を用いたければ、「人」を主題とした句に改めればよいのです。たとえば、

人雖飲酒、勿被飲焉

の如くします。「人は酒を飲むと雖も、飲まるる勿れ」と訓みます。

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