Monthly Archives:

「所」は品詞で言えば複性詞と言われる者で、これは名詞や動詞が単性であるのに対する名称であります。では何故に複性 […]

善と悪とは普通に考えれば両極端の如く思われますが、以下にありますように善い行いをしましても、それを人に知られた […]

  子夏之門人問交於子張子張曰子夏云何對曰子夏曰可者與之其不可者拒之子張曰異乎吾所聞君子尊賢而容衆嘉 […]

不定副詞の「何(奚)」に就きましてはこちらもご覧ください。今回見ますのは以下のごとき句であります。 子路宿於石 […]

大塩滋樹という方の戦前の漢文参考書に『漢文解釈の良師 : 文法に重点を置く』というのがありまして(こちらで閲覧 […]

王陽明、学者の鼻柱を打ち砕くの論。 洪與黃正之張叔謙汝中丙戌會試歸為先生道途中講學有信有不信先生曰你們拏一箇聖 […]

広池氏は「何のままに」と和訓される例として以下の如きを挙げておられます(『支那文典』四七二項)。 色斯舉矣、翔 […]

先に天下の大乱は虚文盛んにして実行衰うるに因るとありましたが、其れに続いて陸澄と王陽明との問答の一節であります […]

『支那文典』七百七十五項に以下の如き例文あり。 使弈秋誨二人弈、其一人專心致志、惟弈秋之為聽 (孟子告子上) […]

王陽明、自ら著述することを好まずして曰く、 天下所以不治只因文盛實衰人出己見新奇相高以眩俗取譽徒以亂天下之聰明 […]