Notes from life – Henry Taylor (8終)

月曜日 , 13, 4月 2020 Leave a comment

さて。所在なき事いくらかこってもどうしようもないのですから、読書でもして紛らしましょう。

今回はアンリ・テイラー卿の人材登用論の最終回であります。氏によれば学問に偏り専らなればその実務に堪えぬことを前回までで見た。思い起こすは元田永孚の幼学綱要序にあります言葉。即ち、

苟志向未定而専知識才芸之務則殞徳性傷教化其害不可勝言

斯くの如きをテイラー卿はこう表現する。

The talents which are evinced in literature may be turned to the purpose of business, provided their application that way is seasonably determined, before literary objects, enjoyments, and habits of thinking have fixed themselves upon the mind.

なんとなく私には其の意味するところが同じように聞こえましたが、まあそれはさておき、続きを見ていきましょう。

まず最初のbe observed it は成句で諒とされたしの意。即ちここまでの話はあくまで既に想像的、哲学的なる学問の為の学問にのみに専心してきた老年の者についてだと言うのです。しかし其のような学問が決して悪いと言うのではなく、宜しきを得て涵養されれば(Duly counterpoised and kept within bounds)、公務にも十分役立つと言うのです。

それどころか多少なりとも其のような想像的哲学的なる資質のあるにあらざれば(do not in some degree enter) 、彼は決して一流の政治家とは言えないと言うのです。

何となれば、想像無くしては公正博大なる哲理ある能わず。而して公正博大なる哲理なくんば、広範複雑なる実務を処理する真智ある能わず。

想像の能力は一つの観点から多くの事を見るに欠くべからず、さらに多くの事から一つの断案を導くに欠くべからず。主に其の明晰さに与する所の心的作用の円滑さにとって必要なり。そして最後に、其は複雑に絡み合った状況において、種々の人々と共に種々の同情心を発するに不可欠なり。この同情心あってこそ、活溌溌地なる観察と知識とは発揮せられるるに至るなり。

最後のit is necessary to bring about は文字通りit が to bringするに必要なりとの意で訳出。即ちto不定詞はit を表すでなく、necessary に対する補充也。

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