王陽明、著述を好まず(一)

月曜日 , 14, 10月 2013 Leave a comment

王陽明、自ら著述することを好まずして曰く、

天下所以不治只因文盛實衰人出己見新奇相高以眩俗取譽徒以亂天下之聰明塗天下之耳目使天下靡然爭務修飾文詞以求知於世而不復知有敦本尚實反朴還淳之行是皆著述者有以啟之 (傳習錄上)

それではいつものように意を取りつつ写し取りましょう。

王陽明著述の失

この文の構造を大まかに言えばまづ「天下所以不治(天下の治まらざる所以)」が題目で、以下どうして天下が治まらないのかという理由を述べてあり(Aの部分)、そして最後に「是皆著述者有以啟之(是れ皆著述なる者以って之を啓くこと有り)」として、すべて著述が原因であるという結論で結んであるのです。「天下所以不治、只因A(天下の治まらざる所以は、只Aに因る)」という構造です。「天下所以不治、只因A」とあるのですから、Aの内部が読めなくても、Aが天下の治まらぬ理由を述べてあるということは分からなければなりません。そう当たりを附けて後、Aを読むのです。

Aの内部でやや難しいところと云えば、使動(使役)を表す形式動詞(日本語の助動詞とは異なり、独立性のある詞です)「使」がどこまで掛かるかということでしょう。結論から申せばB全体に対して掛かります。天下をどう為さしめるのかといえば、皆文詞を修飾することに汲々として、以って世の中に名を知られることを求めさせ、また本を敦(あつ)くし実を尊び淳朴に返らんことなどは一も思い至らないようにさせておる、というのです。是れ著述なるものが然させるのであり、為に天下は治まらない、というわけです。

「文盛實衰、人出己見、新奇相高、以眩俗取譽」などは辞書さえあれば解釈できるものです。「文盛實衰」は「盛衰」という対に着目すれば、「文ばかりが盛んになり、却って実の方が衰えるのだな」と意義貫通するはずです。「人出己見」の「己見」は要するに自分の意見であります。先ほどNHKでしたか、なにか日本の安全保障に関する討論番組のようなものを放送しておりまして、その中で視聴者に意見を求めてそれをアナウンサーが読み上げるというような場面がありましたが、「文盛んにして、實衰へ、人々己の見を出す」とはまさしくそれであります。言葉を口より出したからにはそれを行動に移し、その言を真にしなければならぬとでもいう規制があれば人々も少しは寡黙になりましょうが、そうでなければ無責任な言論が紛然雑出し已むことを知らぬ。論語里仁篇に曰く、「古者言之不出、恥躬之不逮也(古、言をこれ出さざるは、躬の逮(およ)ばざらんことを恥づればなり)」と。而して其の註に「行動をば伴わない、だから簡単に口を開く(人惟其不行也、是以輕言之)」と。

「亂天下之聰明、塗天下之耳目」これも上図の如く対になっておることに気が附けば、「天下の聡明を乱し、天下の耳目を塗(ふさ)ぐ」と訓めましょう。もちろん「亂天下之聰明」を読み下して、「天下を乱すの聡明」などとするも文法上誤りではありません。ただ解釈上それでは意が通じないというのみです。

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