教養とは何か(安積艮斎)

金曜日 , 4, 10月 2013 Leave a comment

治天下之要有二焉曰教曰養教者所以明人倫也養者所以殖民産也是故教不明則民不知禮義矣養不至則民窮困矣蓋養之不可闕世皆知之而至於教則或不以為至急之務蓋教養雖二途而其實相濟惟教之明故忠信自持愛敬父兄不敢流于怠肆而得以竭力於稼穡惟養之至故力耕収穀資用不乏而得以盡孝悌禮義之道二者可岐而視之乎

まづ為すべきことはこれを書き写すことです。そのときに徒に写すばかりでなく、対になっておる表現に注意し、意味も考えながら写すのです。この文などはほとんど漢文法を用いずとも解釈できるのです。解釈を終えて後、その解釈を徹底せしめんために文法を応用するくらいに心得ておけばよいです。

教養1

斯くの如く構造を把握しながら書き写します。これで「教」(要するに人の道)とは何か、「養」(要するに産業)とは何かが対比されながら叙述され、どちらも其の本を尋ぬれば決してはっきりと分けられぬものであることが知れるのです。

圏点を附したところの文法を確認しておきましょう。

教養2

「~之+動詞」の形です。「可」は理論上「帰着形式動詞」と呼ばれる一種の補助動詞です。直訳的に読めば「養についての闕くに可ならざる」です。「養が闕くことが出来ないというそのこと」の意。

「惟教之明故忠信自持、愛敬父兄、不敢流于怠肆、而得以竭力於稼穡」については以下の如し。「竭」は尽くすこと。「惟」を「教」に対する連名詞性副詞(例、『唯』舜為然)と看做すも亦可。下図の「惟」+「教之明」とは「教之明」が主体的連体関係により名詞化し、其の全体に対して「惟」が従属するものと考えてあります。

教養3

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